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Down to the river to pray

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マッターホルン 25 May 2008

As I went down in the river to pray
Studying about that good old way
And who shall wear the starry crown
Good Lord, show me the way!

O sisters, let's go down,
Let's go down, come on down
O sisters, let's go down
Down in the river to pray


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25 May 2008 オーバー・ガベルホルン

As I went down in the river to pray
Studying about that good old way
And who shall wear the robe and crown
Good Lord, show me the way!

O brothers, let's go down
Let's go down, come on down
Come on, brothers, let's go down
Down in the river to pray


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25 May 2008 ヴァイスホルン

As I went down in the river to pray
Studying about that good old way
And who shall wear the starry crown
Good Lord, show me the way!

O fathers, let's go down
Let's go down, come on down
O fathers, let's go down
Down in the river to pray


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25 May 2008 ゴルナーグラート展望台

As I went down in the river to pray
Studying about that good old way
And who shall wear the robe and crown
Good Lord, show me the way!

O mothers, let's go down
Let's go down; don't you want to go down?
Come on, mothers, let's go down
Down in the river to pray


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As I went down in the river to pray
Studying about that good old way
And who shall wear the starry crown
Good Lord, show me the way!

O sinners, let's go down
Let's go down, come on down
O sinners, let's go down
Down in the river to pray



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As I went down in the river to pray
Studying about that good old way
And who shall wear the robe and crown
Good Lord, show me the way!






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共通テーマ:恋愛・結婚

どっこいしっかり、今も結ばれている


「滋賀だってば、滋賀!」

早朝の寝ぼけおつむに響き渡った彼女のこの一言で、人生が全く違う方向へ驚くべき速度で転がり始めた。 滋賀という新たな土地で、新たな人と巡り合い、新たな仕事に付き、名実ともに第2の人生を歩ことになった。

長女は意中の人と一緒に家を出た。 必ずしも好ましい形ではなかったので強く引き留めようとしたが、彼女が袖をそっと引っ張るので、長女の好きにさせることにした。 空き家となる運命に直面した丘の上の一軒家には、今、二女一家が住んでいる。 家賃を払わずに済む人生を経験させると二女一家のためにならないので、一家には高い家賃を払わせている。

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結婚式場の窓の外に広がる風景の中にNHK放送センターと国立代々木競技場第二体育館が見える。 彼女と初デートをした場所に近く、長女の通った大学とは目と鼻の先にある。 この結婚式場は、新しい人の娘が勤める会社の支店である。 巡り合わせとはかくも不思議なものである。

第2の人生を迎えることにより、子供が二人から四人に増え、義理の息子の結婚式に父親役として参加することになった。 新しい人は、明治の後半から私の母方に伝わる豪奢な黒留袖を着た。

私の孫娘は、彼女の代わりに婆さんをしている新しい人に良くなついている。 新しい人の娘息子らと、とても気が合い、この三人は歳の差にも関わらずあだ名で呼び合う関係だ。


「もういい加減にして、働きなさい。 お金なくなるよ!」

この言葉に尻を蹴飛ばされハローワークに通い詰めた私に、市役所から臨時職員採用通知が届いた。 新たな人と同じ職場である。 やってくれるじゃないか。(笑)


共通テーマ:恋愛・結婚

I am the voice

I hear your voice on the wind.
And I hear you call out my name.  "Listen, my child," you say to me.

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"I am the voice of your history.  Be not afraid, come follow me.
Answer my call, and I'll set you free"


I am the voice in the wind and the pouring rain.  I am the voice of your hunger and pain.  I am the voice that always is calling you.
I am the voice, I will remain.


I am the voice in the fields when the summer's gone. The dance of the leaves when the autumn winds blow. Ne'er do I sleep thoughout all the cold winter long. I am the force that in springtime will grow.


I am the voice of the past that will always be.
Filled with my sorrow and blood in my fields.

I am the voice of the future, bring me your peace.
Bring me your peace, and my wounds, they will heal.


I am the voice in the wind and the pouring rain.  I am the voice of your hunger and pain.  I am the voice that always is calling you.
I am the voice.

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I am the voice of the past that will always be.
I am the voice of your hunger and pain.
I am the voice of the future.
I am the voice,

I am the voice. I am the voice,
I am the voice.


共通テーマ:恋愛・結婚

あの子、誰?

Chiyoda.jpg      Chiyoda2.jpg

上野駅を出た山の手線内回りが左に曲がるカーブの近くに私が通ったコンピューターの専門学校があった。 大きな時計が正面に据え付けられた校舎の新宿高層ビル群を見渡す教室で、女生徒のひそひそ声が聞こえる。

「あの子、誰?」


2年前の入学当初300人余りいた生徒は、様々な事情で脱落していき、十分の一の30人ほどに減っており、皆お互いに顔と名前を覚えていた。 ひそひそ声の対象は、グレーのスーツに身を包んだ小柄でスマートな女性、私の隣に座っている彼女である。 当時の女性には髪を茶色に染める習慣がない。 まっすぐな栗色の髪、切れ長の目に鼻筋が通った顔立ちとくれば、座って居るだけで目立ってしまう。

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卒業が1か月半後に迫った遅い冬のある日、私の学校の一日の授業に彼女を誘ったのだ。 出席カードに私の学籍番号と自分の名前を書き入れ満足そうに微笑んでいる。 知識欲旺盛の彼女は、コンピューターやソフトウェアに関する専門授業を、「おもしろい」と言い、目を輝かせて聞いている。 彼女の存在に気づいている教授連中も知らん顔を決め込んでいるが、どことなく、いつもより声のトーンが高いのでおかしかった。 掛け値なしに可愛い。

「やぁるじゃん、名前なんて言うの?」


休み時間になると男連中からの問い詰めと冷やかしが待っていた。 彼女の左手薬指にはまっている金の指輪を見逃すはずもない。 お昼休みは、二人で学食へ行き、一緒にカツ丼を食べた。

「わたし、学食って初めて。 こんなところなんだ。」


昼食後は、1階正面玄関向かって右側にある電算室へ連れて行き、IBM370-115の実物を見せてあげたら、大喜びしていた。 CPUのサイクルタイムは380ナノセカンド、最新鋭のO/S DOS/VSで稼働する当時のベストセラー汎用電子計算機だった。 これから10年後に個人がコンピューターを持つ時代がやって来ることを誰が予想しただろう。 

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腕を組んだ20そこそこの男女が楽しそうに眺めているコンピュータが、この二人の男女の人生をありえない展開にいざなうのだが、この瞬間の二人はそれを知らない。 図らずも、時代の大きな流れに乗った24年後の私は、シリコンバレーにある本社社屋に個室をあてがわれ、最先端技術の結晶である、超並列コンピュータシステム稼働検証プロジェクトの陣頭指揮を取っている。

1日の授業が午後3時頃に終わり、地下鉄日比谷線入谷駅に向かう近道を二人で歩いて行った。 スーツを着て右手にアタッシュケースを下げた男の左手に、スーツ姿の女が腕を絡めて白昼堂々歩くなんてことは、あまりにも恥ずかしく、当時ではありえない情景だった。 ホームに滑り込んだ地下鉄がラブラブの二人を飲み込むと、目的地に向けて走り出した。

とにもかくにも、2年間の専門学校生活で、教室に彼氏・彼女を連れ込んだのは、私一人であった。

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女性週刊誌よりも科学雑誌

今思うと、彼女に魅かれた理由のひとつ目は、彼女が持ち合わせている類稀な知的探求心だろう。

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アクロポリスのトラヤヌス神殿にて 11 April 2006 ベルガマ、トルコ


料理、美術、音楽、文学、言語、心理、生物、歴史、自然、宇宙


退屈な日常生活への刺激として、誰にもこの程度の興味対象があって不思議ないが、彼女は自分が探求しているものの本質を理解する能力を持ち合わせている所が違っていた。 目利きの鋭い、聡明快活な女性である。

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左写真:トラヤヌス神殿でさえずる野鳥を観察中    右写真:トロイ遺跡を散策中


理由の二つ目は、向上心だろう。 どうすればより良くなるか、理想形に近づけるための行動力が伴っていた。 多くの女性が持ち合わせている性質だろうが、彼女の特徴は現実と理想のバランス感覚が秀でていることだろう。 これはプリミティブなリアリストである彼女の人格からくるものだろう。

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難病治療機関でのボランティア歴は20年にわたり、闘病者の生活に明るさと楽しみを与えることが目的だった


理由の三つめは、優しさだろう。 これは人付き合い上の優しさではなく、弱い者、困っている者に対する無私の優しさである。 この優しさの対象は、とるに足らない昆虫一匹から生物全般に及んでいる。 

生きているんだから、大切にしなくちゃ

彼女が人間や世間をあまり好きでないのは、彼女が持ち合わせている優しさが受け入れられることが少ないどころか、悪意や迷惑と捉えられるからである。


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犬の方がよっぽどまし  これは彼女が人の世をはかなむ慣用句であった。


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懐かしい音楽が教える事

トレード中の精神状態をリラックスさせておく必要がある私は、Smooth Jazzをバックグランドミュージックとして流しっぱなしにしている。 曲探しが面倒な事もあり、YoutubeにアップされているRod LucasのThe Best Smooth Jazzを愛用している。 新たなUploadがあってもいい時期なので、いつものようにYoutubeを開いた時に、

「あっ、これこれ」(彼女)

???

視線がひとりでに、他のお奨めSmooth Jazz集に移っていた。 何気なく再生したところ、人気第2位の楽曲として、とても懐かしくダサ~イ楽曲が流れてきて、びっくりしてしまった。 

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Bob James - TOUCHDOWN 1980年


彼女と竹ノ塚のアパートで半同棲生活を送っていた頃によく聞いていた、Bob JamesのアルバムTOUCHDOWNの一曲目ANGELAである。 もしやと思い、Youtubeで検索すると、35年前に売られていたLPレコードが丸々Uploadされているのを見つけた。

ANGELAは彼女のお好みで、私のお好みは2曲目のTOUCHDOWNであった。 古いアパートの4畳半の部屋で、どっちの曲がなぜいいかを彼女と言い合った瞬間が目の前にDVDの動画を見るように再生されてきた。 曲に対する評価の軍配は、どうやら、彼女に上がったようである。 彼女が言う曲の評価を聞きながら、「好い感性してるな」と思っていた自分の気持ちすら蘇ってくる。 まるで時空を飛んで35年前のあの瞬間に飛び込んだような気分だった。 古の日々の生活の記憶は消え去るのが定めだが、まるでこの日のために、あの瞬間の記憶が消えずに残っていたようである。

何かの記憶にたどり着いた瞬間に、あの頃のパラレルユニバースにシフトできる振動周期を得られたらいいのになぁ。 そうしたら、今度は、彼女を先に逝かせずに済む現実を創り出せるかもしれない。 



あなたの行き先で私は待っているわ
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あなたがあなたの過去と旅路から帰って来る日まで。 でも、それは夢よ。 ただの夢。


(驚くことではないが、何年後かのパラレルユニバースにいる私から、今の私にメッセージが届く。 ここから下を書けというのだ。 何年後かのパラレルユニバースにある彼女のブログには、ここから下の文章が無く、上の写真への添え書きが違っている事だろう。 それは、何年か後の私が、今の私に、分からせるためだろう。)


ANGELAとTOUCHDOWNをあの頃のように繰り返し聴きながら、彼女のブログを書いている私が、35年前のパラレルユニバースにいる私に、こうして、メッセージを送り届けている。 「先に逝かせるな、もっと幸せにしろ」と。 しかし、35年前のパラレルユニバースにいる私は、妙な気分に襲われ鳥肌立つが、この日の出来事を克明に記憶するにとどまるのだ。 そして、35年後に、やはり、このブログを書くことになる。

これを止める手立てはない。 なぜならば、彼女は彼女のパラレルユニバースで現実を創っているからだ。 私は、彼女の現実に関与できるが、彼女の物理世界における探求テーマを変える事はできない。 したがって、彼女は、彼女のタイミングで戻って行ってしまう。

私が人生の所々で決して知っているはずのない事を知っているのは、こういった仕組みからなのだが、彼女を失いたくない私が、起こりうる未来を探求するためにパラレルユニバースをシフトし続け、どのパラレルユニバースが現在なのかを、自分で分からなくなっている所に問題があるのだろう。

この問題を解決するためには、知っていることをやらなければいいのだ。 そうすれば、起こりうる未来にシフトせずに済むのだ。

これが、その答えである。 
そして、数日後の朝、寝ぼけ頭の私に彼女からメッセージが送り届けられてきた。 


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彼女は彼女のタイミングで戻っていったのであって、そこに理由はない。 私はそれを受け入れ、彼女の導きに従って現在に生きよう。 そうすれば、いつの日か、私のタイミングを現実として創り上げるだろう。

そして、15年前のパラレルユニバースにいる私が、今の私からのメッセージを受け取り、かつての私よりも賢明に振舞い、より好い現実を創り出してくれているに違いないことを期待しよう。 さらに、何年後かのパラレルユニバースに私が、起こりえる未来の探究から解放されることを期待しよう。 全ては繋がっているのだから。

Just living in the present.
Operate in the present.


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お料理術 彼女流

好きこそものの上手なれ、彼女の味覚と料理センスは天才の領域にあり、一流の料理人が出す料理よりもうまかった。 お金をかけて大して美味しくもないものを食べる外食には、家族一同さしたる魅力も感じていなかった。  しかし、美味い物好きの彼女は、巷で噂のお店に出掛けては味の探求を楽しんでいた。

家族そろって外食するお店は、値段と味のバランスがとれているレストランだけであったが、どういうわけか、そういうお店の8割はお客の人気がなく潰れしまい、彼女をがっかりさせるのであった。 外食での最大の楽しみは、メインの料理よりもデザートにあったような印象が強い。

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17 Jul 2011 逗子市森戸 フレンチレストラン



今になって分かってきた彼女の栄養管理コンセプトは次のようなものだった。

   ◆ 食事時刻を決める
   ◆ 食事総量を変えず、栄養配分を変える
   ◆ 調味料で味を作らない

彼女の天才性が発揮されるのは、調味料で味を作らない調理方法と素材の目利きにあったろう。 典型的な例は、砂糖を使わない事だろう。 組み合わせた料理素材と裁断方法と加熱方法からどのような味が醸し出されるかを事前に計算しており、想定した味を微調整するために調味料と香辛料を加える主義であったので、彼女の料理は基本的に「濃厚な薄味」になった。

したがって、酒、みりん、砂糖、しょうゆの配合で料理個別の味を創り出す日本料理は、彼女の大の苦手分野であったが、日本料理をあまり好きでない私にとっては好都合だった。 例外的に、煮魚、うどん、そば類が好きなので、これが彼女の克服課題となった。 彼女の答えは「良いダシ」を使い、既存の調味料配合レシピを無視することだった。 「調味料配合で味を創るのはごまかし」と言う彼女のスタンスが貫かれた結果、蕎麦の香り、うどんの味、魚の個性が引き立つ料理に仕上がっていた。

最後まで克服できずに終わったのが、すき焼きのワリシタであろう。 無理もない。 肉を食べる習慣がなかった明治時代の日本人に、肉の風合いを濃い砂糖醤油で殺して食べさせるのがすき焼きのコンセプトであるから、当然の帰結である。 一度、高い金を払って有名店のすき焼きを食べたことがあるが、とてもではないが二人に口に合うものではなかった。

おでんと肉じゃがは、二人の好みが分かれる料理である。 私がこれらを嫌いな理由は、醤油の香りである。 彼女は、素材とダシを吟味工夫し、しょうゆの代わりにオイスターソースを使うことで、おでんと肉じゃがを私の好物に仕立て上げた。 怪しげな多国籍料理に変身したわけではなく、その味わいは、ほとんどの人にとって、普通のおでんと肉じゃがであろう。 料理の風合いを変えることなく、醤油の香りを取り除いたのだ。

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左写真 10 Apr 2006 in Doha Qatar 得体の知れない原色アイス、 右写真 14 Apr 2006 in Cappadocia Türkiye 洞窟レストランにてケバブ


食事総量を変えずに栄養配分を変える、栄養管理術は彼女の得意技であった。
彼女との貧乏暮らしでの驚きは、独り暮らしの時と食費が変わらないのに、わたしが太り始めた事であった。 当時は、惣菜屋もコンビニもなかったので、食事は自分で作るしかなかった。 彼女がとった作戦は、総量を減らして栄養配分を濃くしたのだった。

乳幼児の食事切り替えは、子育ての難題のひとつである。 乳脂肪と糖分中心でおいしさの観念が形成されている幼児に、大人が採っている食事のおいしさを植え付けるのは、一筋縄ではいかない。 どうしても、おやつの量がご飯を上回ってしまうし、幼児は馴れない味わいの料理を食べたがらない。 彼女の答えは、おやつで甘いものを食べさせない事だった。 塩味ベースの低カロリースナック菓子を与えると、血糖値が低く抑えられるので、幼児は不足する糖分を本能的に食事から採ろうとする。

こうして、おやつから食事に重点が移ったならば、食事総量と栄養配分をコントロールしながら味に馴らしていけばよい。 当初は味付けにバター、砂糖、ミルクを意図的に加えるが、段階的に減らしてゼロにするのがポイントになる。 素材の裁断方法と加熱時間も幼児向きに変えていた。 幼児であっても大人であっても、与えた食事を残すことは許されなかった。

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約壱万弐千回、彼女が食事を作った台所


何にもまして見事だったのは、わたしに対する栄養管理術だったろう。 およそ2年にわたるアメリカ暮らしを終えて帰宅した私は、高脂性血症と言うありさまだった。 通常ならば通院、投薬、食事制限、禁煙となるが、彼女は三食の栄養配分を変えるだけで、この病気を一年足らずで治してしまった。 唯一禁止されたのは缶コーヒーとコーラであり、彼女はペットボトル2本に自分で入れた微糖コーヒーと水を詰め、弁当のサンドイッチとともに持たせて出勤させた。

一冬越して体脂肪がついた私に対する命令は、「山に行ってきなさい」の一言であった。 一度の日帰り登山で落ちる体脂肪は、およそ4キロで、三週連続の日帰り登山をすると、15キロの減量が果たせるのであった。 およそ3キロの荷物を背負い、表丹沢を20キロほど歩くので、減量効果は即日現れた。 私の贅肉をつまんでは、「もう一回行ってきな」と登山の度にチェックが入るのであった。 「デブとは離婚する」と脅されるのだから仕方ない。(爆笑)

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左写真 15 Feb 2007 in Rome Italy マルゲリータ、 右写真 28 May 2008 in Kleine Scheidegg Schweiz スイスの伝統的なお昼


このような栄養管理術が功を奏するためには、やはり、規則正しく生活する習慣が必要だろう。 彼女が営む家庭生活では、彼女自身の行動が一家の時計であった。 管理が行き届いた食事は食べ切りが原則であり、残飯が出る事はなかった。 食材の買い出しには毎日欠かさず行くので、冷蔵庫に買い置きの食材はなく、冷凍庫にあるのは安売り日に仕入れた、バター、ブロック肉、特大サイズのブラックタイガー(エビ)であった。

今日はクリスマスである。 彼女のクリスマス定番料理は、アメリカの感謝祭からヒントを得た、地鳥太腿のから揚げとマッシュドポテトだろう。 それも、癖がなく美味いとされる名古屋コーチン系ではなく、癖の強い鶏肉をわざわざ選んでいたので、巷で食べる鶏のから揚げというよりも、七面鳥のから揚げの雰囲気に近かったろう。

私と彼女は鶏肉とから揚げを好まないので、普段食卓に上ることはなかった。 子供たちにとって、地鶏太腿のでっかいから揚げにナイフとフォークを使って挑む豪快な食事は、年に一度の楽しみであった。 すなはち、ご馳走である。 子供らを楽しませるだけでなく、子供の成長につれて、一度に食べる量や食べ方が年々変わっていく様子を、ニコニコして見守る賢い女であった。 彼女のクリスマス定番料理は、彼女の子らに引き継がれている。

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お魚好きなんでしょ

11月20日、今日は、彼女の誕生日である。 ブログを書き始めてから、今日でちょうど一年がたった。 きっかけをつくったのは、明け方夢に現れた彼女であった。 商売用のブログも同時に書き始めたが、これが功を奏して、行き詰まりかけていたトレード修行に道を切り開いてくれた。 トレード日誌を毎日ブログに掲載することにより、技量が信じられない速さで向上していった。 そのうえ、仲介販売の報酬をブログがもたらすというおまけがついてきた。

今日は、臭くて気持ち悪い魚に触れもしなかった彼女の、お魚にまつわる思い出を書くとしよう。

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野田村十府ヶ浦にて



「ひぇ〜、気持ち悪いよ〜」

魚の腹を裂いて内臓を取り出しにかかっている彼女の悲鳴である。 結婚当初の私は肉があまり好きでなく、好んで魚を食べていた。 当時は、魚を一匹丸のまま売っているのが当たり前だったので、うろこをとる、内臓を抜き取る、三枚におろすなど、みんな当たり前にやっていた。 しかし、独特の臭いがする、見た目は悪いし、手触りだって、魚の全てが気持ち悪い。

「あなたがお魚好きだから、がんばってやってるのよ。」

経験を積み重ねる事による慣れとは恐ろしいもので、彼女は平然と魚を処理するようになっていた。  十年ぐらいたった頃には、魚屋並みにありとあらゆる魚をさばいていた。 なじみの魚屋にさばいてもらうのは、内臓が強烈に臭い糸寄り鯛だけであった。 魚を見る目があり、魚屋のご主人とは仲良しであった。 

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大きいわりに値段が安い鰤の子供「イナダ」は、食べ盛りの子供達と大食いの旦那がいる家庭にうってつけの名魚であった。 魚包丁をふるう彼女の手にかかり、頭から尻尾まで美味しくいただけるように、料理方法別に綺麗にさばかれた。 名料理人の彼女に調理されたイナダが、さしみ、焼き物、煮物、あら汁に変身して、食卓に上るのであった。

この包丁は、彼女が築地で探し当てた彼女の体格と体力に合った出刃包丁である。 築地に乾物を買う用事のついでに購入店に持参し、笑顔ひとつで、職人さんに「急ぎの砥ぎ」をしてもらっていたらしい。 特別待遇である。

tukiji 3.jpg tukiji.jpg左写真中央、通りの左側に包丁屋があり、その向かいが鰹節屋である。(シートに隠れて見えない) 右写真中央、日高昆布ののぼりとキリンの人形が飾ってある江戸屋海産が、彼女御用達の乾物屋である。

京浜急行に乗り東銀座で降りた彼女のいでたちは、明るい色のポロシャツにジーンズとスニーカーで、築地でのお買い物専用の「熊のプーさん」の買い物袋を肩にかけ築地まで歩く。 フロリダ土産のかわいらしい図柄のお買い物袋は彼女のお気に入りである。

築地で買う物とお店の対応付けは決まっており、変わることがなかった。 物の良さは店内から通りに漂う臭いで分かるそうだ。 鰹節、煮干し、アゴ、羅臼昆布、干し椎茸、干し貝柱、うどん用の削り節、蕎麦用の削り節である。 お正月時は、カズノコ、豆、スルメ、が追加された。  彼女の顔を見た店員は、欲しいものと品質が浮かんでくる。 物の良さが分かるうるさいお得意さんである。

   「あぁ、奥さん、いつもどうも。 煮干しですね。」 「えぇ、そうですよ。」 
   「でもね、奥さん、この煮干しで、みそ汁は勘弁してよ。」
   「えっ、だって美味しいですよ。 煮干しの香りもとってもいいし。」
   「しょうがないな〜、きょうは、ドンコはいいの?」 「あっ、もらっていきます。」
   「奥から出してくるから、ちょっと待ってて。」 ニヤッと彼女が笑う。


築地で用を済ませた後に周辺の寿司屋巡りをするのが、彼女の楽しみであった。 二人で行くいつもの寿司屋が一番美味いのだが、彼女の冒険談を聞かされるのが常であった。

 「玉寿司に行けば美味しく食べられるじゃないか」
 「いろんな所の味を試すのが面白いじゃん」

これが、彼女が築地へ行ったときの、全く性格が異なる二人のイデオムであった。

二人が築地の帰り道に玉寿司に寄る時間は、サラリーマンのお昼時であった。 周りがランチサービスを食べている中で、特上握りとお好みで握ってもらい満腹するまで食べ続ける、有難迷惑のお客であった。 予約もせずにふらっと入ってきた、大して金持ってそうもない見てくれのお客が末席に案内されるのは、どこでも当たり前だ。 注文を受けたとたんに別テーブルと荷物置き場が用意されるのが毎度であり、二人はそれがおかしくてたまらなかった。 御客で込み合う時間帯に、きちんと応対してくれるのだから、これは名店の証しで、ありがたい事だ。

「ウニとアワビは、別のものに変えてください」

ネタと下ごしらえに絶対的な自信があるカウンター向こうの寿司職人がぎょっとして微笑む彼女を見ている。 しかし、北三陸の生きているウニとアワビを食べている彼女にとって、寿司屋のウニとアワビは論外である。 わたしはわたしで、コハダを次々と注文しては、飽きるまで食っている。 

「シマアジはこの間の方が美味しかった」
「ちょっと甘いかな〜」「わさびが変わった」
「お味噌汁のダシが強すぎる」
「職人さん変わったのかしら」
「車海老、焼いた頭の方がおいしい」

テーブル席に座っている彼女の味とセンスに関する辛辣な語りは、もちろん全てカウンター向こうの職人に聞こえていた。 この寿司屋の締めのデザートは彼女の最大のお楽しみになっている。 未だかつて、彼女がダメ出ししたことがないからだ。 デザートを口にした彼女から歓声とお褒めの言葉が店中に聞こえていた。 用意したテーブルに見合った以上の売り上げを得たお店も、美味しいものをお腹いっぱい食べた彼女も、大満足で帰り道につくのでした。

tukiji 2.jpg tamazushi.jpg左写真は、うどん用の削り節と蕎麦用の削り節を買う、彼女御用達の秋山商店である。 右写真が築地玉寿司本店である。

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子育て 彼女流

彼女の素晴らしさは、ひたむきさと向上心にあるだろう。 「どうすれば、よりよくなるか」を追求するために、彼女は自分がやりたいことをあっさりと捨ててしまう。 これは、並大抵ではない。 子育てのほとんどすべてを彼女が一人で受け持ち、私は彼女に求められた時に「彼女の意志を汲んだ最終決定者」として振舞っていただけだ。 反抗期の子供が居る家庭に自然な形で社会の縮図を持ち込むことで、子に理不尽を教え込む手腕には舌を巻いた。 プリミティブなリアリストであった彼女の子育てを振り返ってみよう。

子育てコンセプト
◆ 幼児期は動物とみて躾ける
◆ 反抗期は人間として躾ける

平たく言えば、幼児期は愛と力で子を服従させ、反抗期は話すことで子に人間としての在り方を教えたのだった。 多くの人の子育ては、これが逆さまになっているので、反抗期の子に手を上げたり無力になってしまいます。


1.幼児期は動物とみて躾ける

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頑固で聞き分けの悪い親になり、聞き分けの良い子供に育てるということです。 親は子供の感情を理解したうえで、子供が望むことをせず、親の思うように行動させます。 分別がつかない子供に、理由を説明する必要はありませんし、選択権を与える必要も、許可を求める必要もありません。 特定の刺激に対して特定の反応をする事を日常化することにより、子供が経験から学ぶ下地を作り上げます。

親の意志を子供に単純明確に伝え、規則正しい生活を維持継続し、栄養管理と衛生管理と健康管理をぬかりなく行います。 風評によらず科学的見地から、これらの管理技法を選択します。 子供の思考と行動を制御するときは、「親に愛されたい」本能を利用します。 子供に努力を求める時は、精神的にではなく物理的に可能な範囲に限定します。

◆ やってはいけない事その1
子供に説明する事です。 一見、子供の人間性を尊重した愛に満ち溢れる行いですが、好影響よりも悪影響の方が数段大きいのが実情です。 これを行うのは子供が反抗期に入った時です。 人間は経験によって学んでいく動物ですが、幼児には経験から学ぶ下地(思考回路)が存在しません。  
- 時間の観念(現在、過去、未来)
- 因果関係
- 価値観と認識
時間の観念を体得していない子供は現在に生きており、過去と未来が存在しません。 したがって、大人のように過去から現在を、現在から未来を関係付ける事ができません。 つまり、物事の因果律を理解することができません。 また、経験がないか乏しいため価値観と認識が醸成しておらず分別がつきません。 いわば、刺激に対して本能的に反応して生きています。 人間独特の複雑な思考回路が出来上がるまでに、15年以上を要します。 これが動物の子供との決定的な違いです。

親が子供に語る道理は、親の経験に基づいています。 しかし、親と経験を共有していない子供が道理を理解することは不可能です。 子供がしでかしたことに基づいて親が道理を説明しても、因果律の観念がない子供は道理を理解できません。  したがって、子供は「親が不機嫌な理由」がまったく分かりません。 話しを良く聞き理解したように振舞いますが、子供は本能的に親に嫌われないように反応しています。 親の生物学的な迫力(恐怖)が刺激となり、子供は身を守るためにしたでに出る反応しているのです。 「私の子供はとっても賢くて、物分かりが良く」などと夢にも思ってはいけません。 トイレで用を足さない飼い猫に、トイレで用を足すことの大切さを説教する飼い主になってはいけません。

◆ やってはいけない事その2
不可能な努力をさせる事です。 子供は体が小さく力も弱い上に知性が未発達です。 そのうえ感情を思考と行動から切り離すことができません。 子供は物理的にできないことを本能的にかぎ分けて嫌がります。 このような子どもの反応に「考えて行動しなさい」というのは、反抗期を迎えてからです。
子供の行動に努力を求める事柄があれば、親が前もって、物理的に実行可能な状況と環境をあつらえなければなりません。 例えば、食事のおかずを子供用に適量取り分けたうえで、口や腕力に見合ったサイズに小さくするなどです。 体の大きさが半分であれば力は4分の1、身体の大きさが4分の1であれば力は16分の1しかありません。

◆ やるべき事、その1
OKかNGかを明確に伝える事です。 全くの自然児である子供には分別がありませんし、分別が必要な理由すら存在しません。 刺激に対して本能的に反応している子供が理解できることは、「理屈抜きのOKかNG」に限られます。 これを日々繰り返し実行することにより、子供に経験から学ぶ下地が形成されていきます。 これが子供に服従を強いる最大の目的であり、やりたい事をやりたがる子供を事故から守ります。

子供は刺激と反応の組み合わせをよく理解しますので、親はこの仕組みを利用して、親の刺激と反応の組み合わせを子供に教えます。 言語理解能力が未熟な幼児とは、刺激と反応の対応付けでコミュニケーションします。

この場合に注意すべき事は、親の意思決定プロセスに一貫性を維持することです。 親が刺激と反応の対応付けを可変にすると、子供は普段OKの事がなぜNGなのか理解できません。 その逆も同様です。 分別がつかない子供に意思決定変更理由を説明するのはナンセンスです。 驚くべきことに、親の意思決定プロセスに一貫性を欠くと、子供は親の反応の変化を利用して自分の思いを成し遂げようと行動します。 これは生物が生まれながらにして持つ賢さですから、腹を立ててはいけません。 「親が間違いを犯したサイン」に過ぎません。

しかし、子供が親の言う事を聞かないのは当たり前ですから、服従させるためには、「親の保護を求めるために親に嫌われたくない」子供の本能を利用します。 反抗するときは「悪い子は嫌い」と突き放し、服従するときは「良い子は好き」と褒めます。 しかし、ご褒美を与えてはいけません。 自分がとった行動に対して報酬が得られる習性を身につけると、独り立ちした子供の人生をズタズタにする下地を親が作ってしまいます。

◆ やるべき事、その2
子供を大人として扱う事です。 幼児特有の行動様式を無視することであって、幼児の意思と行動を尊重することではありません。 「人生での成功は、願望がかなうことではなく、いかに損失を小さく抑制するかにかかっている」ことを、幼児期に刷り込むことにより幸せを感じる秘訣を教えます。 

幼児は目先の損得計算に絶大な関心があります。 計測技術を持たない幼児の損得評価は、刺激に対する興奮度合の比較ですので、これを刷り込みに利用します。 幼児は自分のやりたことができないと、駄々をこねる、すねる、泣きわきます。 親は、そんなことをすると願いがかなわない以上に「悪い事が起こる」体験を幼児に繰り返し与えます。 そうすると、幼児は願いがかなわなくても「今より悪くならない」ことが自然にわかり、実現可能な目先の事に目が向きます。 このようにして、やってはいけない事とやるべき事を自力で見分ける下地を創っていきます。 これは、やがて独り立ちする子供の人生で「成功のメカニズム」として機能します。 やりたい事をやろうとする人生には、車道に飛び出す子供と同様の運命が待ち受けています。

願望は事実や結果ではありませんから、現実の利益を全く生み出していません。 願望が実現しないために失っているものは何一つありません。 大人でもこれを分かる人は多くなく、夢や希望がかなわないので慢性的な不満を抱いており、自分は不幸せだと信じています。 幸せに条件をつけているのですから、幸せであるはずがありません。 そして、現実を客観できない人が幸運の星を手にすることはありません。 

◆ やるべき事、その3
その都度叱る事です。 大きな軌道修正は不可能ですから、その都度細かく軌道修正するのがポイントです。 子供は5分前の出来事を忘れていますので、悪い事をしたその瞬間に叱ります。 また、子供の集中力は3分も持ちませんから、叱る時間は1分以内に止めます。 叱った後は親は子を叱ったことを忘れるのが大切です。 なぜなら、何百回も同じことで子供を叱るからです。 特定の刺激に対して特定の反応を繰り返す以外に、子供を躾ける方法は存在しません。

この逆の、「後でまとめて叱る」は、叱る効果が得られません。 なぜならば、子供は自分の行動を興奮度順に記憶していますが、大人のように時系列に記憶していません。 ですから、「あの時、この時」と言う親の認識に合わせて記憶を整理整列することができない子供は、自分の何が悪いのかまったく理解できません。

また、他人の子供と比較して叱るのも効果が得られません。 なぜならば、子供の記憶は「自分が興奮した経験」なので、他人が興奮した記憶は存在しえません。 他人の行動を情報源として想像を膨らませるには、自分の経験と感情の積み重ねが必要ですから、これができるようになるのは反抗期に入ってからです。 「お友達はできるのに、どうしてあなたはできないの」と叱っても、幼児はなぜ叱られているのかわかりません。

子供が至らぬ責任はすべて親にありますから、自分が子供に責任転嫁していないかを常に自問する必要があります。


2.反抗期は人間として躾ける

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親としてではなく友達として子に接することにより、順調に生育した自我を自己に変化させます。 幼児期に服従の習性を身につけている子供は、やってはいけない事とやるべき事が分かり始めているので、自分に悪意を働かない友達として親の話に耳を傾けます。 しかし、服従の習性が身についていない子供は、飼い主の言う事を聞かない犬と同じ行動をとり、話しかける親を無視し気に食わないと噛み付きます。 やりたい事をやらせてくれない親は人生の邪魔者に過ぎません。

◆ やるべき事
反抗期の子供に親が教える事はたった一つで、「人に迷惑をかけて生きて行かない事」、もしくは、「人の道を踏み外さない事」です。 これがぶれると子供の人生が台無しになります。 友達関係、学校関係、恋愛関係、芸能関係など、年齢の差を越える共通の話題のなかで、助言や問いかけをして子供に考えさせるようにします。 子供が持ち合わせている乏しい人生経験の中で、価値観と認識を固定しないように気を配る必要もあります。 子供が親の思い通りに育つことはありませんが、ボトムラインを下回らなければ上出来でしょう。 やるべき時にやるべき事をやる能力があれば、少なくとも不幸せになることはありません。

◆ やってはいけない事
経済的な豊かさが人生の豊かさだとか、競争に勝てとか、人の役に立てとか、精神根性論を持ち出すと、親が自壊するので子は話を聞きません。 親と子は似ていますが、全くの別人で、別の人生を歩みます。 親の人生訓や世界観は子供が歩む人生に全く影響を与えません。 親は困った子供をいつでも助けることはできますが、子供と人生を共にすることはできません。


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世界一過酷な仕事とは?


今朝、何気なくテレビをつけたところ、面白ビデオを紹介していた。 あまりにも面白いのでこのブログでも紹介したい。

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世界で最も過酷な仕事  (World's Toughest Job)

執行総責任者 (Director of Operations) の職に応募した複数の若年男女に対して行った、採用面接の様子を4分間の動画にまとめたものだ。 

それは、いったい、どんな仕事だろう? ここをクリック

自分の仕事に誇りと責任とやりがいを感じ、人一倍の向上心を持っているあなたにこそ、チャレンジしていただきたい仕事である。




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人はいつ大人になるのだろう


二人で貧乏暮らしを始めてひと月たったころ、去年まで学生だった私が一人前の大人の男性としてやっていけるか試すような出来事が起こった。 彼女が切迫流産で入院したのだ。 数十万円かかった入院費用は、働き始めて半年の私の貯金を大きく減らしてくれ、手取り9万8000円の私を呆然とさせてくれた。 絶対安静を医師に言い渡された彼女は働きに出る事ができなくなったどころか、生命にかかわるとの理由で家事も一切禁止された。 アパートで寝たきりとなった彼女に代わり、彼女のお母さんと私で家事を分担する生活が出産までの半年間続いた。 勤務の合間に毎日アパートに通ってくる彼女のお母さんには、せめて、地下鉄の定期券を渡さなければならない。

当時の一般企業には産休制度がなく、多くの場合、出産は女性の失業を意味した。 これは企業の悪意に基づく制度ではなく、女子供を養える男が所帯を持っている事を前提としている制度だ。 稼ぎが少ない男にとっては、非常にありがたくない制度だが、お嫁さんを欲しい一心で男たちは必死にはたらいた。

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自分のために生きるのは、子供にでもできる事
他人のために生きるのは、大人だけができる事

男女のありかたについて様々な法律や思想があるが、女性が子供を産むのは人類開闢以来の変わらぬ定めであり、人間の本質はアダムとイヴの時代から何ら変わっていない。 子を孕み産み育てる時期の女性は、身の安全と生活を自力で確保することができない。 これをカバーするのが大人の男の役割であり存在価値となる。 独身男性が世間から三級品扱いされ信用がないのはこれが理由だ。 たとえ高収入であっても、勝手気ままに生きてる二級品の男としか思われない。

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群れの子供を守る犬
新しい時代センスや多様な価値観を背景に男女関係の理屈を述べ立てまつる結婚嫌いな男性の本心は、分かり切っている大人の男性の責任から逃れて美味しい思いをしたいだけだ。 高校生がやらかす不純異性交遊と大差ない精神成熟度であり、自主的に群れの子供を守ろうとする犬に劣る。


「しっかりして!」

彼女の母の怒声である。

無事出産を終え産院からアパートへ帰る途中、赤ん坊を抱かされた私は地下鉄の車内で卒倒しそうになった。 役所や一流企業に勤めているのならいざいらず、そこら辺にある会社に勤めている私には、どうやってこれからの生活を支えていけばよいのか、向上させていけるのかをイメージができなかったのが理由だ。 しかし、分からないことは、何もしなくていい理由にならないし、責任を果たさなくてよい理由にもならない。 なぜなら、将来の事をわからずに皆が生きているからだ。 そして、現実を直視できない人が現実を変えていく力を持つことは決してない。

第一子の出産から一年半後に、独立起業する先輩から誘いを受けるが、この瞬間の私がそんなことを知る由もない。  しかも、先輩が私を誘った理由は、若くして所帯を維持しているから馬鹿な事をせずに必死に働くということだった。 無謀にも所帯を持ったことが、私の職業人生を切り開き、向上させていくきっかけとなったのだから失笑するしかない。 彼女と所帯を持つのが半年遅ければこのお誘いが来ることはなく、わたしと彼女の人生は全く違う展開になっていた。 やるべきことをやるべき時にやっていれば、必要なものが全て準備されるというのが、これまでの人生に対する印象だ。


「どうしよう、赤ちゃんが冷たくなってる」

彼女のとんでもない言葉にあわててベビーベッドに駆けつけると、赤ん坊が唇を紫色に変色させて動かないのだ。 良かれと思って月5000円でレンタルしたベビーベッドが寒いのが原因なのがすぐわかった。 抱いて赤ん坊を温めコーラの空き瓶で即席の湯たんぽを作ったが、低温火傷を防ぐために距離を置くので一向に効き目がない。 しまいかけていた炬燵をもとに戻し、座布団をベッド代わりにして低温の炬燵に寝かせることで問題は解決した。 子育ては待ったなし。 自分の都合を持ち出していると、取り返しがつかないことになる。

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「ひぇ~、ウンチかけられちゃった」

彼女がおむつを取り替えている時に、赤ん坊がウンチをしたのだ。 ビビりまくる彼女に、「ほら、こうしてやるのよ。」と母親がやってみせる。  両方の家から母親がやってきて、赤ん坊を扱う要領を彼女に二週間ほどかけて教える。 そのあとは彼女が自力で赤ん坊と格闘しなければならない。 当時は、紙おむつの時代ではなかったので、布おむつに着いた赤ん坊の大便の始末がとてつもなく厄介だった。 辛そうな彼女を見てかわいそうに思った私は、和式水洗トイレの水流で大便を流し去る方法を考えてやって見せた。 ほぼ完ぺきに落ちるおむつの汚れを見て彼女が満面の笑みを浮かべた。  赤ん坊が彼女を母親に成らせ、私を父親に成らせ、夫婦に成らせるのだ。


「子供が子供作って、どうすんのよ!」
「子供ができたから、大人になるのさ」

売り言葉に買い言葉である。 しかし、売り言葉は理屈で、買い言葉は体験から発せられている。 会社で「おめでとう」と言われるのかと思っていた私は、先輩女性陣から罵倒を浴びていた。 大人の女性達が生意気な子供の成人男子を小馬鹿にする構図だが、先輩女性陣はもれなく独身だった。 この日以来、私が会社の女性陣から総スカンを食らったのは言うまでもない。 (大爆笑)

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父親はその母親の突然変異体なので、この二人の女性の遺伝子を掛け合わせることにより、この赤ん坊が誕生したことになる。 この赤ん坊が引き継ぐ血統は、ミトコンドリアにより彼女の母(上右の写真)の血統とみなされる。 ミトコンドリアの遺伝子を遡ることにより、日本人の母親は6人であることが知られている。  現在30歳を超えているこの赤ん坊を大雑把にみると、肉体的特質は実母のものを受け継いでいるが、精神的特質は父の母の印象派気質を受け継いでいる。 つまり、プリミティブなリアリストの母がロマンチストの子を持つことになった。 私の精神的特質に母の気質が現れないのは、父親により男として育てられる事で隠蔽されるからだ。 生まれ持った気質を変えることはできないが、訓練により思考と行動を変える事ができるのである。 気質の隠蔽に失敗した男性達は自分のオリジナルを慕うマザコン男になり、世の女性達の反感と嫌悪を買う。 子育てとは誰にとっても本当に容易でないものだ。


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プリミティブなリアリスト


極めてプリミティブ(原初的)な光景
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孫娘は彼女の子孫であり遺伝子のコピーにより種を存続させている。 子孫の細胞を構成するミトコンドリアは女性のものが代々引き継がれるために、孫娘は私ではなく彼女のコピーであることを物語る。 社会的な血統と異なり、遺伝学的な血統は女性によって引き継がれ男性によって途絶える。 そして、犬は種族間共栄の象徴である。


「好きな仕事を精いっぱいやるのも好きだけど、
主婦として家庭を切り盛りするのも好きなんです」


私が彼女を結婚前から気に入っていた理由は、月並みの賢い女ではなかったことだった。 人間の本質はアダムとイヴの時代から何ら変わっておらず、変わったように見えるのはテクノロジーと貨幣経済を生活に導入しているからにすぎないことを、二十歳前にしてよく理解していた。 極めてプリミティブなリアリストである彼女は、人生の視点を狩猟採集生活の時代におき、現代流に巧妙にアレンジしなおしていた。 


家庭は愛の基盤
彼女のリアリズムは、この一言に凝縮されていた。

男女平等、仕事と家庭の両立、働く目的、人生の意義等を、世の人達が喧々諤々している様子を薄ら笑い浮かべて聞いている彼女を見ていると痛快だった。 齢21で母親となった彼女だが、成熟した大人の女性として社会生活に関わり合うセンスは抜群であり、外部からのエネルギーによって揺らぐことがなかった。 彼女の決め台詞は面白い。


「それが、人間の性(さが)なのよ」

◆人間は生物なので種を保存するために生まれてくる
◆年を取り身体が機能しなくなったら死んでいく…
◆仕事は生活の糧を得るための手段でしかない…


母親として子にできることを心をこめてやり通すことと、妻として連れ合いの男性との相互依存関係を愛情で深く維持することに比べれば、働いてお金を得ることは標準プロセスかルーチンワークのレベルであり遥かに容易く空虚だ。 働くためには意義が必要だが、家庭を営むことは定めであり意義は必要ないことが、その証拠である。 平たく言えば、愛を育むことは金を育むことよりも難しいのだ。 女として生まれてきた事実と、男として生まれてきた事実に対する、彼女のスタンスは単純明快だった。

「狩りが下手な男には興味ないから」

存在価値を図る天秤に女性と男性を乗せたならば、天秤が激しく傾く勢いにより男性は宇宙のかなたに放り出されてしまう。 新たな生命を育める女性は生命体システムの本質的な存在だが、妊娠のきっかけを作るだけの男性は、女性に選ばれる事で存在理由が生じる制度的な存在だ。 男女の生殖行為により子孫を増やす方法を人類が選択したのは、自己複製よりも形質が多様になるために種の進化が速いために過ぎない。 男性が遺伝的に優性なのではなく、女性同士の遺伝子を掛け合わせるために生じた女性の突然変異体が男性である。

子を産めぬ男性が種の保存と繁栄のためにできることは、女性に選ばれるために危険な狩りに出かけ命がけで獲物を捕ってくる事と、女子供の身代わりになって死ぬことの二つしかない。 これが人類開闢以来の定めであり、恋愛は女性の発情プロセスのきっかけに過ぎない。 成人の自由行動と恋愛感情をネタに女の財布をあてにする男が、世間からダメ男に分類されてしまうのはこれが理由だ。

女性は男性の経済力に依存しているとか、家事をする女より仕事をする男の方が立派だ、男は社会に貢献している、家庭に縛られる男は情けないなんて空威張りすると、彼女は己の存在理由を分からぬ馬鹿男の烙印を押して終わりだ。 私は、生涯で一度、彼女から離縁状を突き付けられたことがある。

家庭は奥さんを中心に回っており、子供らとその住まいは女のものである。 替えが効く亭主は消耗品でしかなく、何らかの理由で亭主を失った家庭には社会から支援の手が差し伸べられるので、生活が破たんすることはない。 好い女であれば新たな男がすり寄ってくるだけの事だ。 (爆笑)

彼女は主婦の仕事が好きで興味を持っているので、彼女が創り上げる家庭は子供にとっても男にとっても居心地がよく、状況に応じて最適な変貌を遂げ続けていた。 一貫した哲学によって営まれる彼女の家事は完璧の領域にあり、男の食欲と性欲と物欲を巧妙に制御できる彼女は、ダメ男を躊躇なく放り出せるのだった。

「うちの両親は、万年新婚」

これは、子供らの夫婦評である。 こうなった理由は簡単で、私自身も原初的だからだ。 「母親には興味がないけど、女には興味があるからね」と、原初的な彼女に私が言い放ったのだ。 そして彼女は生涯女であり続けた。 若かったころの私は狩りで小動物を捕える事しかできなかったが、経験を積むにつれ中型の獲物を捕らえられるようになり、最終的には組織だった狩りに参加して超特大の獲物を捕らえることに長じるようになった。 これは、捕えた獲物の大きさを自分の女に見せびらかしたいという、男の虚栄心に基づくものだ。 付帯的な存在である男性は、己の存在意義を自ら語ることで生きている実感を味わうが、存在するだけで価値がある女性は微笑んでいればいいだけだ。


「ねぇ、今度は、マンモス食べたいな[黒ハート]

「…[がく~(落胆した顔)]


子供らの成長につれ獲物の水牛で家庭を維持するのが難しくなると、絶妙なタイミングで彼女がそう切り出すのだった。 マンモスの次は鯨と彼女が言い出すに決まっており、獲物が大きくなり危険性が増大する一方の狩りにこぞって出かけるのは消耗品に過ぎない男達なのだ。 男達が狩りの腕前を競い合い、リーダーシップの争奪に明け暮れるのは、少しでも多くの肉を家庭に持ち帰るためだ。 家に残っている女達は、狩りよりも重要で本質的な仕事に日々明け暮れている。

女は全ての男の母親であり、
全ての男は女のために存在している。


プリミティブ(原初的な)な光景
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群れの子供を守ろうとする犬は孫娘から離れない。 犬と人間の盟友関係は5万年以上前に結ばれた種族間合意に基づいており、それを忘れがちな人類に比べ、犬は個体レベルでそれを記憶し実践している。


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